NPO法人そのつ森(もり)理事・北川整(せい)さん(45)
〔プロフィール〕1969年8月生まれ、仙台市出身。2007年、神奈川県鎌倉市から宮城県丸森町筆甫に移住。通信販売専門の自家焙煎コーヒー豆販売店を営む。2013年4月からNPO法人「そのつ森(もり)」理事。
丸森町筆甫地区復興支援員・八巻眞由さん(22)
〔プロフィール〕1992年10月生まれ、岡山県出身。両親の移住に伴い、3歳から宮城県丸森町で育つ。丸森町青年団団長。2014年4月から丸森町筆甫地区復興支援員。
過疎の地域に人を呼ぶ
若者の新しい感覚に期待
福祉施設とカフェを交流の場に
─筆甫地区の現状について教えてください。
北川さん 「筆甫は福島県との県境に位置する山里です。現在270世帯(2014年11月現在)が暮らし、高齢化率は43㌫に達します。豊かな自然に魅せられ、私のように移住してきた人も少なくありませんが、震災と原発事故の影響で地区を離れる人もおり、過疎と少子高齢化に拍車が掛かりました。危機感を持った有志が、地域の中で支え合って暮らせるような仕組みづくりをしようと動き始めたところです」
─お二人はどのような活動をなさっているのでしょうか。
北川さん 「廃校になった旧筆甫中学校を再活用し、2015年4月から地域密着型小規模デイサービス事業を始める予定です。私はまったくの素人でしたが、介護施設で1年半研修させてもらい、準備をしてきました。親の介護のためにUターンする団塊の世代が増えているので、みんなで親の世代を見ようという感覚ですね。施設には段階的に簡易宿泊所や体験学習の拠点、飲食店としての機能も加え、交流の場にしたいと思っています」
八巻さん 「私は復興支援員として、地域の行事運営をサポートしたり、ニュースレターを毎月作って地区の全戸に配布したりしています。最も力を入れているのがコミュニティーカフェの開設準備です。震災の影響で、筆甫には飲食店や直売所など人が立ち寄れる場所がなくなりました。空き家を利用して、住民と訪れた人が再び集うための場づくりをしたいと思っています」
─具体的にはどのようなことをしているのでしょうか。
八巻さん 「カフェ開設に向けて、住民のみなさんとアイデアを出し合い、方向性を固めてきました。活用する空き家を決めて、みんなでリノベーション作業をします。オープンの目標は来年夏ごろ。北川さんのNPO施設とも連携し、筆甫を楽しめる環境づくりをします。カフェに来てもらった人にもう少し筆甫を楽しんでもらうために、宿泊施設に泊まってもらったり、住民と交流したり。私が持っているネットワークを生かし、人を呼び込みたいと考えています」
北川さん 「多くの人が筆甫に移住してくれればありがたいんですが、それはとてもハードルが高い。立ち寄れるカフェがあって、知り合いがいて、宿泊ができる。そのうち家をシェアしたり、本格的に住んだり・・・という感じで、段階をもっと細かくした方がいいんです。その意味で、人を引き付ける力のある眞由ちゃん(八巻さんの愛称)の存在はとても大きなものになっています」
─八巻さんが支援員になったきっかけは何ですか。
八巻さん 「両親が丸森を気に入って移住した影響もあり、子どものころから丸森が大好きでした。中学時代にジュニアリーダーの活動に参加し、地元の魅力的な大人や地域活動の楽しさに出会えって。今のネットワークにもそのつながりが生きています。周りの友達は何もない丸森を嫌いだといい、高校を卒業すると出ていってしまうんですよね。『みんな丸森を愛してくれたらいい。そうすれば丸森は元気になる』と思っていました。大人になり、町を盛り上げたいという気持ちが強くなって。仕事として復興やまちづくりに関われることに意義を感じて支援員になりました」
─お二人の出会いは。印象的なエピソードはありますか。
北川さん 「2014年夏、眞由ちゃんが企画する糸つむぎのワークショップに参加したんです。それもただ糸をつむぐだけじゃなく、綿花の専門家から専門知識を学ぶ時間があったありました(?)。企画した眞由ちゃんの考えの深さに驚きました。若いのに、すごいなと(笑)。その後も眞由ちゃんの元を大勢が訪れている様子を見て、『すごい人材だ。応援しなくちゃ』と思いました」
八巻さん 「私がカフェをやろうと思ったのは、北川さんのせいなんですよ(笑)。いや、北川さんのおかげ(笑)。支援員である間に開設の準備をして、あとは地域の方々にお任せしようと思っていたのですが、北川さんに『それじゃ面白くない』って言われて。泣くほど悩みました。一方で、『眞由ちゃんだったら、人を呼べるよ』とも言ってもらったんです。それで、(支援員でなくなった後に)自分で運営するという道もあったんだなと思って。目の前が開けました。」
北川さん 「そう言われると、責任取らなきゃって思っちゃうよね(笑)」
─活動している中で、壁はありましたか。
八巻さん 「筆甫には20代前半の若者がほとんどいません。最初は孤独で辛かったです。お年寄りと会話するのにも、畑のことも地域の話題も知らない。どうやったら地域の人に受け入れてもらえるのか真剣に考えました。その結論が『みんなの孫になる』ことでした。図々しいかもしれませんが、未熟で不完全な自分を受け入れてもらおうと。思い切って『教えてください』と切り出し、等身大の自分を出すようにしたら、少しずつ受け入れてもらえるようになりました」
「人に会いにいく」場所に
─筆甫をどのような地域にしたいとお考えですか。
北川さん 「筆甫は10年後、20年後に消滅する地域になるかもしれません。それはそれで仕方のないことなんです。最後は土地に感謝の思いを告げ、記念樹を植えて終わるかもしれない。生きていく限界集落の見本みたいな道ですよね。その地域に、眞由ちゃんのような若い人がどんな風穴を開けてくれるか。楽しみです」
─八巻さんが地域にもたらした影響は。今後へのご意見・ご期待を聞かせてください。
北川さん 「若い世代はSNSを使い、全国どこにいても都市にいるのと変わらない感覚で暮らすという選択肢ができた。眞由ちゃんは実際にその力を生かして、この半年で筆甫に数十人の人を呼び込んでくれました。期待してしまいますし、地域のみんなが風を感じています。本人には、ここでの成功事例をほかの地域に広げていってほしい。後は眞由ちゃんの世界を筆甫の子どもたちに見せてあげたいですね」
─今後の目標を聞かせてください。
八巻さん 「私は丸森町に育ててもらいました。家族や地域の人、環境に恵まれて育ったことには意味があるはずで、受けた分を返したいと思っています。もう使命感ですね(笑)。今もここで暮らし、毎日が楽しくて仕方ありません。同じように、大勢の人にここへ来て楽しんでいってほしい。筆甫のような地域を訪れてもらうためには、『あの人に会いに行こう』が一番です。カフェを中心に、そのきっかけづくりや雰囲気づくりをしたいです」
(以上)
※こちらは2014年12月に取材したものです。